篤姫 わたくしこと一命にかけ 原口泉(著) - 多読成功術187 一本の道:あなたの人生が勇気に満ち溢れる555冊の多読成功術
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2008年12月14日

2008年

僕が唯一毎週欠かさずに見ていたテレビ

それが「篤姫」です。

江戸から明治へという激動の時代の物語は
今まで多々ありましたが
女性の視点で語られる
激動の時代はなかったのかなとひきつける要素になっているのかな
と思います。

今日の本は

「篤姫」時代考証の著者が明かす
天璋院篤姫、その生と死について書かれた本

篤姫 わたくしこと一命にかけ

篤姫 わたくしこと一命にかけ
グラフ社
発売日:2007-12-14
おすすめ度:4.5


【本書にぶつける悩MENU】
激動の時代を生き抜いた心構えとは
という視点で読んでいきたいと思います。

【目次】
篤姫 わたくしこと一命にかけ
はじめに 激動の幕末を生き抜いた天璋院篤姫
第一章 負うべくして負った宿命――島津の一分家の姫を飲み込んだ歴史のうねり
第二章 将軍御台所・篤姫の誕生――思惑うず巻く中で生まれた前代未聞の「大奥の主」
第三章 激動の大奥生活――篤姫輿入の成果と挫折
第四章 新しい使命――私事一命にかけ、徳川家を守り抜く
第五章 最後の務め――徳川家の存続と繁栄こそ、我が使命
おわりに――運命に操られない強さとは


さて、書いているときは丁度
最終回を残すだけとなっている状態。

この2008年で大きな影響を与えてくれた
「篤姫」という作品

その時代を知るために…

それでは
篤姫 わたくしこと一命にかけ」について
紐解きましょう。

篤姫についての知識はココ




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【紐解き】

■2008年は何故「篤姫」だったのか
◇日本が失ってはいけないもの
-「家」
 家業
 家産
 家名
 家督
 家訓
 
■宿命
◇天保7年生まれ
-榎本武揚
加藤弘之
前年天保6年には坂本龍馬土方歳三松平容保肝付尚五郎
などがいる

◇御台所への白羽の矢
-島津斉彬(なりあきら)と父・島津忠剛(ただたけ)が知己の仲
 また、於一(おかつ・篤姫)の忍耐力・不平不満を漏らさない・寛大・温和
 なところが耳に入った
 
◇斉彬
-薩摩をもっと評価されるようにと尽力
 わが道を阻むのは「人の不評や疑念」と感じ
 徳川家への政略を企てる。→ 一橋慶喜を時期将軍に!
 
 当時は本寿院が南紀州派を押していて
 大奥から嫌われていた倹約な水戸藩が擁護する
 一橋家は不利であった
 
■御台所・篤姫(みだいどころ・あつひめ)
◇今和泉家(いまいずみけ)
-17歳まで今和泉家で育つ
 体の弱かった父 忠剛の思い
 教育がしっかりされ、将軍家へ嫁ぐという話の際も
 父の思いを汲んでとう思いがあったとされる
 
◇3ヶ月の花嫁修業
-厳しい花嫁修業を3ヶ月
 その後、江戸へ“陸路”で移動
 
 近衛家の敬子になる
  
◇なぜ薩摩からで大丈夫だったのか?
-徳川吉宗の時代から
 犬追物
 名刀鍛冶
 改革の理念を持つ藩を探していた
 →すべて薩摩にそろっていた。
 
-飢饉の際も「さつまいも」のおかげで餓死する人が少なかった。
 
 そういう縁が徳川と薩摩にはあった

■大奥
◇特殊工作員
-篤姫は斉彬の時期将軍は慶喜
 という思いを叶えるために徳川家に送られた
 特殊工作員
 
 斉彬の部下であった西郷隆盛などの協力を得て徳川家御台所へ
 
本寿院との関係
-本寿院には時期将軍を慶喜
 と伝えており、夫の徳川家定には本寿院から伝えてもらった
 
-政治的ではあるが
 かわいい嫁で先2名には先立たれてしまったので
 家定と篤姫が仲睦ましいことを願っていた
 
幾島
-大奥で物言うのは金

-人の心も金で買えた

-大奥のストレス解消はお金であった

-「鉄の女」幾島
 集金力
 的確にお金を配る能力が逸脱
 買収工作がうまかった
 
◇夫、家定との関係
-夫婦の真相が残された歌
 「立ち迷う雲も そなたに吹き晴れて さやかに昇る山の端の月」

-子供は授からなかったが
 心の結びつきはあった
 
◇家定の死・斉彬の死
-歴史に「もし」はない
 篤姫をさぞや苦しめた時期であっただろう
 
和宮
-皇室から嫁いであげる

-篤姫との対立はお附きのせいだったり
 と勝海舟海舟語録に残っている
 
-「天璋院へ」という手紙が武家には通用しなかった

-和宮の覚悟の歌
 「おしまじな君と民とのためならば 身は武蔵野のつゆと消ゆとも」
 国と民を思う 芯の強さ
 
-徳川家茂との仲睦ましさ
 家茂は聡明で優しい青年であったため
 同じ年の和宮ともすぐ打ち解け
 数多くの手紙のやり取りかたらも仲睦ましさが伺える

-家茂亡き後
 徳川家の為、篤姫と薩長軍との対立を避けるため協力した
 
■新しい使命
◇篤姫の情報収集
-常に情報収集には並々ならぬ努力をしていた

◇トップレディの覚悟
-3000人という女性組織を一人で束ねた
 世界史上類を見ない
 
 成したのは篤姫の前向きさ、楽天的さ、好奇心、豪傑肌があったからこそではないか
 
◇薩長軍への嘆願書
-争いを止めるため
 薩長軍の大将に向けて手紙
 当時、漢字は男性にしか教育されていなかったが
 篤姫は漢字で書いた。
 
-儒教の教え「仁」
 儒教の教えである仁のまごころ、思いやりを大切にしていた
 
-嘆願書内には「私事一命にかけて」
 と江戸を焼き払うのであればまず私から殺しなさいというメッセージが入っていた
 
-和宮も朝廷側を説得するために尽力
 その中で「私を葬るときは皇室でなく、徳川として」と書いてあった
 
◇西郷へは届いていなかった
-嘆願書は実際は西郷隆盛へは届いていなかったと思われるが
 勝海舟を通して西郷には共通の接点がある
 篤姫の話題に関しては出なかったはずは無いので
 篤姫・和宮の活躍なくして無血開場はなかったと考えてよい
 
■最後の務め
◇「家」
-家を育てなければならなかったが
 版籍奉還
 廃藩置県
 など薩摩の案に苦しめられる
 
-篤姫の物事に動じない
 「肝の据わりよう」は海舟語録に記されている
 
-徳川家達のイギリス留学

◇断髪
-男性は断髪になったが
 女性の髪は女の命であることは変わりなかった
 その中でも篤姫は断髪している

◇生活
-明治になってからは貧しい生活であった
 しかし、薩摩からの援助などはいっさい受け取らなかった
 
◇和宮追悼の旅
-和宮は脚気で32歳の時に亡くなる
 伊豆箱根の塔ノ沢温泉で療養中のことだった
 
-薩摩から江戸へ
 そしてそれ以来の旅として2度目にして人生最後の旅へ
 塔ノ沢温泉へ向かう
 
-日記には
 「むねふさがり 懐旧のなみだ 袖をしぼり侍りぬ」と
 追悼しており、後年の篤姫の和宮の仲は本物であったことが
 記されている
 
◇篤姫の死
-1883年 47歳で息を引き取る
「人の為に尽くす、わたくしこと一命にかけて」という人生
西郷隆盛の人生を男の美学と語るのであれば
篤姫の人生は女の美学であったのでは

-「貧すれど鈍せず」
 貧乏のなかでも品格を失ってはいけないという信念を持ち合わせていた
  


【感想】


篤姫

※相変わらずの絵だが…

大河という
人であったり、家であったりの話は

学ぶことが本当に多い。

今回の篤姫は今までになかった
「激動の時代を生きた女性」

というテーマが現代社会とリンクしていて
共感を生んだのではないかなと感じる。

しかも大奥という社員数3000人を超す
大企業の社長みたいな位置づけでしょ?

書の感想と共に大河ドラマ「篤姫」の感想も交えて
書いていくので若干わかりにくいかもしれないが
ご勘弁いただきたい。

宮崎あおいさん演じる(※ざきの字は異なる)
篤姫が素晴しかったことをはじめ

やっぱり脇を固めた方々、スタッフの方々の下
大きなプロジェクトとして成功しているのだなぁと

このエンターテイメント性は
自分のビジネスにおいて
まねできる部分は少ないかもしれないけれど

生き方などは実際に使えるものばかりだったのではないか
と感じさせてくれる。

例えばエンターテイメント性もあって必ずしも史実どおりやらない
という所も勉強になる。

篤姫が江戸に向かう際はドラマであれば船であったが
史実はどうやら陸路だったみたいだとか。

歴史には必ず裏がある!な〜んて。
伝言ゲームの原理に似ているのかもしれないが。



僕が特に共感が持てたのは
実のところ
篤姫ではなかったりする。

というか涙もろい性格なので
正直一人で見ていろいろなシーンに共感して
何回泣いた事やら…

そのなかで特に共感したのは

私は何を成し得たのだろうか」とう家定であったり家茂だったり
が残したこの言葉が僕の胸を突き刺すわけですね。

彼らの一生は確かに長くないし

家定に関しては
ぼけていたのでは
等と推測されていたりするが

多分、ドラマでも本書でも描かれていた通り
家定と言う人物は大変聡明な人間だったと思う。

篤姫が詠んだであろう歌に

立ち迷う雲も そなたに吹き晴れて さやかに昇る山の端の月

という歌があるのですが

本書の解説だと

「いろいろな迷いや不安の雲があっても、いまや私の心はあなたに
 向かって吹き晴れています。山の端に爽やかに昇る月のように」

 
という意味らしいです。

惚れ惚れとしてしまいますね。

たった1年半で
篤姫の心をキャッチしてしまう
家定の器量は素晴しい

でなければ
篤姫という
女性をここまで「徳川の家の為に」という
情熱には結び付けなかっただろう。

だから家定にしろ家茂にしろ
残念ながら歴史に残るようなことはできなかったかもしれないが

篤姫、和宮という妻たちに
その優しさであったり
家を想う気持ちだったりを遺して伝わったのでないかなと想う。

このエピソードはドラマでは
小松帯刀も同じように語られていた。
帯刀もやっぱり自分の無力さに葛藤したり
そういうところがひきつけた。

※帯刀に関しては
 【幕末的地頭型多能人】072.龍馬を超えた男 小松帯刀 原口泉(著)

でも

今の僕はどうだろうか?



う〜ん…



あぁ僕も明日死んだら
なんにもねぇ。なんにも残していないじゃないか。

と生きている意味はまだわからなくて
いいのかもしれないけれど

自分が死ぬときに
僕の人生、いろいろ会ったけれど、本当にいい人生だ
と思い死んでいきたいなぁと常々思う。

悔いを残して死なないために
せっかく命を燃やして時間と言う対価を得ているのだから
もっと、もっと頑張らなければいかんな〜
なんておもうわけで
つい、そういうところに共感して涙したわけですね。
(情けないなぁ〜僕は…)

さて
激動の時代を生き抜いた心構えとは
という解答だけれども

「貧すれど鈍せず」この信念はとても大切だ。

僕はとりあえず食ってはいけている。
しかし、生活レベルにはまだまだ無駄があるので
これをもっと押さえる必要があるのではと
つくずく思う。

豊かさにから得られる発想力、想像力というものは
なかなか質が低いのかなと

ただし、貧しい環境の中でも
人としての品格を落とす必要は無い。

TVの篤姫の
女の道は一本道でございます。
という女中の菊本が篤姫に託した言葉

これは別に女性だけでなく
本当の意味で人間として生きる

そのためには一本の芯となる道をつくって
この人生、苦あり、楽ありを謳歌することができれば
と考える。

そして、この世の中、残念ながら
一人では生きていけない。

かといって迎合したりして生きるのはまた違う。

人の為に尽くす

儒教の「仁」
という生き方。

思いやりであったり、まごころであったり

こういう心構えをもう一度
学びなおさないとなと思った。

篤姫という人物からも学んだし、

この江戸から明治へという時代で
篤姫を取り巻く
様々な人物からも学びをいただける
物語であった。

この学びを現代に置き換えていけば
納得のいく人生を過ごすことができるのかな?

なんておもったりもするが
常に前向きに、好奇心を持って
進んで生きたいと思う。



篤姫 わたくしこと一命にかけ
グラフ社
発売日:2007-12-14
おすすめ度:4.5


篤姫 わたくしこと一命にかけ
【修寛化】
・儒教を勉強する、特に「仁」
 とりあえず儒教に関する本を10冊読む
 (正月休みはこれに使うか〜) 

・貧すれど鈍せず
 人間としての品格を失っては
 一人の人間として終わりだ。
 それはプライドを捨てるとかではない
 忍耐力・寛大さを持とう

【関連商品】
新装版 天璋院篤姫(上) (講談社文庫)新装版 天璋院篤姫(下) (講談社文庫)
Amazy

※ドラマ原作本
 こちらも今回にあわせて
 再読、本書とあわせて読むと一層世界が深まりますね。

NHK大河ドラマ 篤姫 完全版 第壱集 [DVD]NHK大河ドラマ 篤姫 完全版 第弐集 [DVD]
Amazy


※どうやらDVD全集が発売になるみたいです。
 これは押さえておきたい!
 ちょっと値ははるけれども…
 
【後記】
今日の記事は1年分の
篤姫への御礼という意味合いで気合を若干いつもよりいれております。

本当に学ばせてもらうことがあったドラマだし
西郷隆盛にしろ、勝海舟にしろもっと知らなければいけないなぁ

と感じる次第で。

僕も一本の道というのがあるはずなので
そこに向かってまずは進んでみよう。

いますぐに言えることは
最終回、号泣決定。

全然話しぶっ飛ぶが女優さんだと個人的には稲森いずみさんの演じる
滝山とか好きだったのですが。←いいよね!?


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最後まで、お付き合い頂きありがとうございました。



Presented by hiro
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Posted by hiro at 16:24│Comments(0)  
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