忘れられるって素晴らしい -369 忘却の整理学:あなたの人生が勇気に満ち溢れる555冊の多読成功術
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2010年01月08日

れること
それは時には虚しく、時には懐かしく

人が紡げるある種の能力だと思う。


今回の本
忘却の整理学
外山滋比古

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人はいつから忘れることに対して
罪悪感を持ち始めたらのだろうか…




【目次】

まえがき
I
忘却とは……
選択的記憶と選択的忘却
忘却は内助の功
記憶の変化・変貌
入れたら出す
知的メタボリック症候群
思考力のリハビリ
記憶と忘却で編集される過去
ハイブリッド思考

II
空腹時の頭はフル回転
思考に最適――三上・三中
感情のガス抜き
風を入れる
カタルシスは忘却
スクリーニングが個性を作る
継続の危険性
解釈の味方

III
よく遊びよく学べ
一夜漬けの功罪
メモはしないほうが良い
思い出はみな美しい
一つでは多すぎる
“絶対語感”と三つ子の魂
無敵は大敵
頭の働きを良くする

あとがき



【書感】

却。
人は意識しないでも忘れることが実はできます。
これは人間であればほとんどの人が持っている機能であり
忘れられるから人は日々生きていける

忘れることは悪いこと
なんて思っている人もいるかもしれませんが
今回はそういう思考はちょっと片隅に置いておくとしましょう。


いつから忘れることは悪いことになった?


本書には次のようにあります。
零歳から五、六歳までの間の、記憶、忘却、思考の連動と流れがおかしくなり、記憶は記憶、覚えたことを忘れることはなるべく抑圧、制止されなくてはいけない、
とされるようになるのは、文字という記号を学習する学校教育以後のことである。(中略) 覚えておけ、忘れるな、が教室の合言葉になるのは当然である。学習者は忘れまい、忘れては困る、
と思いながら、忘れてしまうのを、いかにも、自分の落ち度であるかのように思う。


僕なんかは、この言葉を聞くととすごくハッとする。
自分で言うのもなんだが、僕は記憶力は悪いし、勉強もできた方ではない。
こんなに覚えられない自分は駄目だなと落ち度があるように思ったことが多々ある。

世間が決めている学習というのは記憶することが良いという傾向があるので
その学習の過程だと忘却というのは記憶というものの敵になるとも書かれている。
しかし、実際はそんなことはない。
その得た体験は忘却の波に揺られていたにも関わらず
ふっと自分の価値あるものとして
降り注ぐことがある。


忘却の海に晒す


読書についても言及されているのだが
本を読むということは絶対に書き手に勝る情報を得ることができない。

ただし、忘却を用いるとちょっと話は変わる。
本を読んで昼寝などをしてみると
寝るという行為が思考を忘れさせ
一度ものすごくクリーンな状態になる。

このクリーンな状態も忘却がなせる業であり
その本以上の思考を生むことにつながる。


また、メモを取るひとは聴いたことにならない
という表現が本書に書かれていたがこれは使い方次第なのかなと
僕は感じた。


例えばその場でメモを取る(紙でもtwitterでもいいと思うが)
こうやって作成したメモは確かにその場では身にならないのかもしれない。


しかし、これは本書の例にもあるヘミングウェイの原稿
要は一度書いた原稿を完成品としては保持せずに
時間を置いて
忘却をトッピングしたことによって
真の原稿になる。というような原理なのだが


今現在ではブログ、twitterという電子媒体を使えば
この忘却をより効果的に発生できるのではないかなって感じる。
書いたことはその場でココに置いてしまった。
それでいいんじゃないかな

という発想になれるわけだ。
まぁこのあたりは自分で色々試してみて、
何が忘却を上手に使えているのかな
なんてことを考えるのも面白いのかもしれない。


ちなみに知識と思考は反比例するもので
知識でがんじがらめにしてしまうと思考が鈍くなる。
思考が鈍くなった人間は正直どうしようもない。


情報過多で知識は入手しやすいが知識に縛られることなく
知識をクリアにしてあげて思考に頭を使う方がよっぽど
自分の価値を上げるということを自分の為にも記載しておく。


忘れられる


忘れられる。これが素晴らしいということを
僕は以前取り上げた「おもいでエマノン」から感じることができた。


取り上げたエマノンは小説を漫画にしたものなのだけれども
主役のエマノンは人類というか地球に生命が誕生してからの
"記憶”を保持し続けている。

人間である以上、そんなことはありえないのだが
忘れらない。
忘れられないということは嬉しいことも、悲しいことも
忘れられないのだ。

"おもいで”が生々しいまま残っていたら
それはある種恐怖なのかもしれない。
"おもいで”として自分の都合のよい過去にできるからこそ
実は人は幸せに過ごせるのではないかな。


そして、人は忘れられるからこそ
歴史に興味を持つ人が出てくるのだろうし
忘れられたからこそ
記憶を残すための書物や記憶を保持してくれるコンピュータなどが生まれてきたのだろうと考えるとあぁやっぱり忘却ってすごい
とも思える。


どんなに楽しい現在も
どんなに悲しい現在も
どんなに嬉しい現在も
どんない寂しい現在も


人は忘れることができる。


気づいたらそれは美しい"おもいで”になっているのかもしれない。


忘却があるからこそ
記憶をクリアにすることによって
人は次へ次へと頭を働かせることができるのではないかな。


記憶することが全て
なんて思っていた人は
忘却の良さをみつめてみてもいいのではないかな。


忘れることも、これまた人が生きる美しさの一つなのかもしれない
時にはあぁ忘れられることって素晴らしい。
なんて思ってみてもいいのではないかな。


忘却の整理学
外山滋比古

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【後記】
記憶と忘却
まぁ両方とも必要な要素であるのは間違いないでしょう。

忘却ばかりだとダメだし
記憶ばかりでもダメ

ただし常にクリーンな状態をつくって上げる
というのは何かをやるためには非常に効果的なのかもしれません。


とまぁ三連休を前にこんなことを
書いているのですが
忘却するんでしょうね(笑)

そして忘却の波に揺られて
また僕自身の記憶、あなたの記憶を紡ぐのに
役にたてばいいな
という自分自身がここにいました。


ん〜なんかいつもと書きっぷりが違うような…
まぁいいか。


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今日もお付き合いいただきありがとうございました。


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Posted by hiro at 23:50│Comments(0)  
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